宮崎の神社とお寺 生目神社

写真で巡る宮崎の神社とお寺
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生目神社「日向の生目八幡様」

  昔より眼疾に霊験あらたかなりとして崇敬殊に厚く「日向の生目八幡様」として、広く知られ、九州はもとより、北は北海道、本州から直参祈願される参拝者も多い。
その縁起には種々の説があり、何れを真ともなしえないが、

一説には、源平合戦(治承・寿永の乱)の後に源頼朝に捕らわれた藤原景清が、源家の栄達を目にすることを厭うとともに源家への復讐を断念するために自身の両眼を抉った。
当地へ下向した景清の没後に、公の活けるが如き霊眼を祀ったことによると伝える。
一説には当地は古より霊地として眼疾患者を活かすに不思議に著しき霊験があった。

鎮座地の亀井山に湧く清水が6方へと流れ、亀の頭、尾、左右手足を髣髴とさせるが、かつては眼病を患う者がこの水を掬って目を濯ぐ習わしがあり、現在も眼疾治癒を望む参詣者はこの水で沸かした茶を飲む。
戦前には熊本県の天草等の眼疾患者が農閑期を選んで参拝し、平癒祈願の成就を願ってこの水を汲みつつ1箇月、3箇月と逗留し、その間は筵を打つ等して生活費を稼いだという。
また、元祿2年(1689年)3月3日に豊後国日田郡の郡代、池田季隆が参詣し「かげ清く照らす生目の鑑(かがみ)山、末の世までも曇らざりけり」と詠じたところ、「鑑山」を「水鑑」と改め、これを唱える事で霊験が得られようとの神託が下ったため、季隆により「かげ清く照らす生目の水鑑、末の世までも曇らざりけり」と改められ、爾来神詠歌として参詣者に唱えられることとなった。ウィキペディア

生目神社4 生目神社2 絵馬からは、眼の病気に苦しむ肉親、家族への思いがひしひしと伝わってきます。
生目神社3

FUJIFILM X-T3 (55mm, f/5.6, 1/60 sec, ISO200)

宮崎の神社とお寺インデックス
  名称 御祭神 所在地           今泉神社 天御中主神(あめのみなか...
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