西都原古墳団地はおよそ200年で400個程度造営された

鬼の窟古墳
鬼の窟古墳
西都原 鬼の岩屋古墳

西都原 鬼の岩屋古墳

西都原は当時 齋殿原とよばれていた

こんにち私たちが目にする西都原古墳団地の造営数は310個前後です。

個数だけ見るとだいぶ多いようにかんじますが、平均して一年に2個程度のスペースです。

100年で200個、200年で400個ですから経過年数から見ると、それほどの数にはならないことがわかります。

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四世紀のはじめ頃から古墳造営がはじまったようです。

小規模な円墳からはじめて徐々に学習して大きな円墳や前方後円墳へと発展していったものと想像できます。

4年~5年程度の工事期間で10億円前後の工事費

小規模な円墳なら工事期間もひと月前後からながくても半年もあればできあがったのではないでしょうか。

大規模な前方後円墳などは4年~5年程度の工事期間を必要としたものもあったようです。

工事費用も現在の金額に換算して10億円前後と見積もられているとガイドさんから聞いたことがあります。

鬼の岩屋古墳は鬼が一夜で造りあげたという伝説がありますが、あの大きな岩の切り出し、運搬などをかんがえて数年はひつようとしたはずです。

さて、ここに誰が埋葬されたか。きになるところですね。

埋葬者の推理

コノハナサクヤヒメとの関わりの伝説がありますが、実際は少しはなれた位置にあるオサホヅカ・メサホヅカとの関わりがあるような気がします。

上記さん神は神話の世界の神々であることから、オサホヅカに葬られている埋葬者は、豊国別大君ではないでしょうか。

豊国別大君は景行天皇から日向国府の長官に任命されました。メサホヅカはお妃。

鬼の岩屋古墳は豊国別大君夫婦を守護する副官だとかんがえています。

「鬼」はこわいとのイメージで大切な人を守るにはさいてきです。

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