高齢者ドライバーは自分の命も削りながら運転している 今日を生きるために 

薔薇
薔薇は枯れた 執筆人撮影

高齢者よ あなたのなが年にわたる運転の記憶は若者比ではない !自信だ!自信!!

薔薇

NIKON D800 (60mm, f/6.3, 1/1250 sec, ISO100)

またもや最近は連日のように 高齢ドライバーによる自動車運転重大事故が発生と報じ られています。

軽自動車が歩道に進入して暴走。歩行者2人死亡。4人重軽傷。宮崎市。
軽トラックが集団登校中の小学生の列に突っ込み1人死亡。7人が重軽傷。横浜市。

他にも病院の待合室に突っ込んだり、コンビニエンスストアに突っ込んだりして、死者や重軽傷者を出す、高齢運転者の交通事故は後を絶ちません。
こうも連続すると、高齢運転者は社会から目のかたきにされっぱなしです。

交通事故は高齢者が起こすのではなく運転者が起こすもの

近頃は一度の事故で、複数の死傷者をだす痛ましい事故が目立っような気がします。
高齢ダライバーでなくても、悲惨な事故は次々に発生してるのに、なぜか高齢運転者の自動車事故になると、色々に付加価値がつけくわえられて、それ見たことかと報じられることが多々です。

身体能力の低下だとか、認知症だとか。
そんなこと、高齢者に限ったことではないのに。

もう!まったく!!

若者やか中年者が犯してもあまり報道されない高速道路逆走も、高齢者がやると目の玉が飛びだすほどの報じ方がなされる。

高齢者
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kotsu/jikoboshi/koreisha/koreijiko.html

当然のこと

年々、長生きする高齢者人口 が増え続けているために、それに比例して高齢ドライバーによる重大事故も増加傾向にあるのは当然のことでしょう。

しかし、統計的に見ると、高齢者ドライバーの増加ほどには、高齢者による交通事故は増加していないという調査もあるようです。

実際には若者や中年者ドライバーよりも事故を起こす割合は、はるかにひくいにももかかわらず、高齢者の運転は危ないと”じっぱ‐ひとからげ”の目線はいかがなものでしょう。

高齢者_001
http://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/h26kou_haku/gaiyo/genkyo/h1b1s1.html

運転免許証をもっている以上は平等に運転する権利がある

運転免許証を所持しているのだから、自動車運転をつづけても別に問題はありません。

もちろん運転するからには、細心の注意を払いながら 安全運転に努めるという前提条件のもとで。

自信を持とうよ高齢ドライバー。

どう防ぐ?高齢ドライバー事故 徹底研究!

本当に高齢者から免許証を取りあげようとするなら、まず自分 が率先して返納してみることだ

自分に車がなくなって不便を感じている以上に、高齢者は”あし ”の不便さをおぼえているのです。

それでもあなたは、高齢者から免許証を取りあげますか。

事故を防ぐために、高齢者に運転をひかえさせようとするなら、ほか の運転者が、道ばたを歩いている高齢者を、気軽に同乗させられるような社会環境を構築しなければどうしようもない。

例として ヒッチハイクスタイルで道ばたで手を上げている病院帰りの老人とか、スーパーマーケット帰りの老婆を、老人カーごと自分の車に積んで やるとか。

高齢者運転免許証返納推進を進める前に、まず高齢者が免許証返納した後も、高齢者に”あし ”の不便さを感じさせない対策を充実させるべきです。
定年男子 定年女子 45歳から始める「金持ち老後」入門!

公共交通機関のない僻地に住んでみないと本当の痛みはわからない

地方では、車は生活の足です。買い物に行くにも病院に通うにも車がなければ家から一歩も外に出ることはできません。

特に老人家庭は夫婦どちらかが車の運転が出来てこそ、かろうじて日常生活が営まれていると言っても、言い過ぎではありません。

その事は地域の公共交通機関の未整備地区が多いところほど、深刻度は重大です。

責任逃れの免許証返納のかけ声

免許証の自主返納を進められても、その後の交通手段がまったくあ りません。
公共交通機関の未整備地区などの過疎地の高齢者は、命とひき換えに自動車運転をしているのに、

「免許証返納しましょう」と叫んで いるおじさん、おばさんたちは、老夫婦が運転しなければ生きていけない深刻度をどれだけ理解しているのでしょうか 。

よく家族や親戚に送り迎えをしてもらいましょう。みたいな微笑ま しい美談を聞きますが、
いってる人におきかえて、自分は果たしてそうしていますか。

親子関係。嫁姑関係は。そんなに美しい家庭ばかりとは限りませんね。

他人事だから軽々しく言える言葉です。

一度や二度はそれでもいいかも知れませんが、これが日常になれば とてもながつづきはしないでしょう。

まして、過疎地に暮らす高齢者宅は一人だったり老夫婦だけのケー スがほとんどです。

そこそこ公共交通機関が利用できたり、公用車で講演会場をまわっているお役職の人々は、自分たちの両親や知り合いでないから、目の前の観衆に向かって、気楽に卓上の持論がしゃべれます。

一度でいいから悪天候の時に

いいことずくめを仰るおばさま方やおじさま方・知識人のお偉方は  、荒波けぶる漁村や山間僻地の屋外に立って講演してみることですね。

もちろんそこまでは、最終交通機関の途切れたところから歩いてたどり着いてもらいます。

いままで自分が知識ぶって話していたことが、いかにむなしかったかを思い知るはずです。

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