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万葉集歌碑のある森3 宮崎市Googleマップ付き

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万葉歌碑
万葉歌碑

和歌の原点である万葉集は、時代を超えて読み継がれながら後世の作品にも影響を与えており(一例「菟原処女の伝説」)、日本文学における第一級の史料であるが方言による歌もいくつか収録されており、さらにそのなかには詠み人の出身地も記録されていることから、方言学の資料としても重要な史料である。

日本の元号令和」は、この万葉集の「巻五 梅花の歌三十二首并せて序」の一節を典拠とし、記録が明確なものとしては日本史上初めて元号の出典が漢籍でなく日本の古典となった。ウィキペディア

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万葉集歌碑のある森 3首

万葉歌碑

万葉歌碑

道の辺の、茨のうれに、延ほ豆の、からまる君を、はかれか行かむ
作者 丈部鳥(はせつかべのとり)

道端のうまら(ノイバラ)の先に絡(から)みつく豆(まめ)のように、私に絡みつく君をおいて別れゆく。

万葉歌碑

万葉歌碑

婦負の野の 薄おしなべ 降る雪に 屋戸借る今日し 悲しく思ほゆ
作者 高市連黒人

婦負の野の薄を一面なびかして降る雪の中、見知らぬ土地で宿を借りる今日という日はことに悲しく思える。

万葉歌碑

万葉歌碑

あしひきの この片山の 百楡(もむにれ)を 五百枝剥き垂り
作者 乞食者 

乞食者(ほかひひと=ほかいびと)とはどういう人をさすのかについて、古来議論があった。文字通りの乞食という意味ではなく、芸を売る見返りに食を得ていた、芸能民の類だろうというのが大方の説である。

万葉集歌碑のある森1 宮崎市Googleマップ付き
宮崎市の東北部に、宮崎市民の森公園があります。 梅雨の季節には、広々とした花菖蒲田が、優雅な紫色の花でうめつくされます。 ...
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