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野良猫に遊ばれて 2

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カメラと野良猫
野良猫とカメラ
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人間臭と食べもの

東屋のテーブルの上に、ふだん、あまり見かけないものが置いてある。
俺たちはものを見ると、まず食べものを連想する。

野良猫にとって、食べ物は命といっていいぐらい、大切なものだ。
食べ物がなくては、生きてはいけない。

家猫や街猫のように、じっとしていても、いつもの時間がくれば、
人間様が食べものを与えてくれるようなことは絶対にありえない。

人間社会から不要ものとして、なるべく人様の目に触れないところに放りだされた猫一族なのだ。
野良猫にとって、食べものは自給自足の生活なのだから、ものを見たら、まず食べものとして見よ。これが、野良猫代々にうけつがれてきた生きるすべなのだ。

カメラと野良猫

野良猫とカメラ

しかし、東屋のテーブルの上におかれているこの黒い物体の、なんと人間臭いことか。
食いもののにおいは、どこを嗅いでみても、これっぽっちもにおわない。

それにしても、あのしょぼカメラマンとは、こんなきたないにおを発する人間なのか。

それに比べて、あの老夫婦の人間臭は、おれたち野良猫たちにとっては、食欲をそそる、いいにおいだ。

老夫婦のにおいがちかずいてくると、おれたちの腹はグウグウと鳴りだす。
五臓六腑が活発に活動しはじめるのだ。

野良猫とカメラ

野良猫とカメラ

毎日の食事が確保できれば、この公園は野良猫にとっては天国だ。
広大な敷地には、野球場、サッカー場、自転車競技場、プール、陸上競技場にくわえて、りっぱな日本庭園までそなえている規模だ。

この中には、いくつもの野良猫グループ、派閥がある。
食べものの確保の上から、派閥はかかせない。

派閥が乱れるということは、即、毎日の食べものの確保が不安定になる。
野良猫にとって、いかに、いいひいきを確保できるかでどうかで、野良猫の幸不幸がきまる。

それにしても、あのしょぼカメラマンの人間臭にはまいる。

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