古事記ラッピングバス

ラッピングバス10
ラッピングバス10

イザナギノミコトをはじめ、天照大神、神武天皇など
日本をはじめた大勢の神々が、バスに揺られながら、現代の日向路に登場します。

記事記・日本書紀の絵巻物語を見る思いがします。

普段、日本人が思い描いている、古代の神々のイメージとはちがって
すこぶる親しみやすい姿に変装してあらわれました。

宮崎神宮秋の大祭にあわせたラッピングバスです。

ここには古事記・日本書紀の世界がある

天皇家家系図の始まり

天皇家家系図の始まり

ラッピングバス9

ラッピングバス9アマテラス大神

日本神話に登場する。皇室の祖神で、日本人の総氏神ともされる。

『古事記』においては「天照大御神」という神名で統一されているのに対し、『日本書紀』においては複数の神名が記載されている。伊勢神宮においては、通常は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、あるいは皇大御神(すめおおみかみ)と言い、神職が神前にて名を唱えるときは天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)と言う

天照大神は太陽神としての一面を持ってはいるが、神御衣を織らせ、神田のを作り、大嘗祭を行う神であるから、太陽神であるとともに、祭祀を行う古代の巫女を反映した神とする説もある。

ラッピングバス7

ラッピングバス7神武天皇

日本の初代天皇とされる神話・伝説上の人物

『日本書紀』に拠った神武天皇の事跡であるが、その内容が神話的で、歴史学では、神武天皇の実在も含めて、筋書きそのままが事実であるかは不明である。『古事記』にも神武天皇の物語があり、大略は同じだが遠征の経路などが若干異なる。

宮崎神宮社伝によれば、鎮座地は神武天皇が東征以前に宮を営んだ地で、後に九州に下向してきた皇孫の建磐龍命(阿蘇神社の祭神)がその縁に因んで創祀したといい、崇神天皇の時代に初めて社殿が創建され、景行天皇の熊襲征討に際して重ねて造営がなされ‥‥。

ラッピングバス121

ラッピングバス121

ラッピングバス6126

ラッピングバス6126ラッピングバス3

ラッピングバス3神武東征

『古事記』では、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ)は、兄の五瀬命(イツセ)とともに、日向の高千穂で、葦原中国を治めるにはどこへ行くのが適当か相談し、東へ行くことにした。舟軍を率いた彼らは、日向を出発し筑紫へ向かい、豊国の宇沙(現 宇佐市)に着く。宇沙都比古(ウサツヒコ)・宇沙都比売(ウサツヒメ)の二人が仮宮を作って彼らに食事を差し上げた。彼らはそこから移動して、岡田宮で1年過ごし、さらに阿岐国の多祁理宮(たけりのみや)で7年、吉備国の高島宮で8年過ごした‥‥。

ラッピングバス6

ラッピングバス6

イザナギノミコト・イザナミノミコト

天地開闢において神世七代の最後にイザナミとともに生まれた。そして高天原の神々に命ぜられ、海に漂っていた脂のような国土を固めるべく、天の浮き橋から矛で海をかき回し、出来上がったオノコロジマにてイザナミと結婚した。国産み・神産みにおいてイザナミとの間に日本国土を形づくる多数の子を儲ける[3]。その中には淡路島をはじめ大八洲(本州・四国・九州等)の島々、石・木・海(オオワタツミ・大綿津見神)・水・風・山(オオヤマツミ・大山津見神)・野・火など森羅万象の神が含まれる。

イザナギが黄泉国の穢れを落とすために「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(檍原)」でを行なうと様々な神が生まれた。最後に、左眼からアマテラス(天照大神)、右眼からツクヨミ(月夜見尊月読命)、鼻からスサノオ(建素戔嗚尊速)の三貴子が生まれた。イザナギは三貴子にそれぞれ高天原・夜・海原の統治を委任した。いすれもウィキペディア引用

小戸神社 江田神社

ラッピングバス8

ラッピングバス8

神話と伝説のふるさと&日本のひなた 写真でつづる宮崎
ふるさとのパワースポットを歩く