水たまりに落ちたミツバチを助けた少年に

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ミッチー遭難

「助けて!」
ミツバチのミッチーは、朝早くからミカンの花粉集めに夢中になりすぎていて、午後にやって来たときに木と木の間に張りめぐらされていたクモの巣に気づくのがおくれてしまいました。

羽をバタバタさせてようやくクモの糸を取りはずしましたが、落下したところが昨日降った雨でできた水たまりの中でした。
全身、水びたしになりながらもがきつづけていました。

「こんなところに、ミツバチがおぼれている」
坂道をかけあがってきた健太はそうつぶやくと、肩で息をしながらミカン畑の小さな水たまりのはしに浮いている一匹のミツバチを右手で軽々とすくいあげました。

健太は明日の日曜日の早朝に、眼下に広がる島かげの一つに父親と釣りにいく約束をしていました。
このミカン山から釣りのポイントになりそうな島かげをさがそうと、やって来たのです。
手のひらにのせたミツバチをながめているとミツバチの手足がピクリとうごきました。

「なんだ、まだ生きている」
健太は声をあげました。
どうやら羽ばたこうとしているようです。
羽と羽とに水がくっついているので、うまくいかないらしい。

「ほら」
健太が指先でミツバチのお尻をつつくと、羽のあいだの水滴がこぼれ落ちました。
ミツバチは何が起きているのか分かりませんでしたが、軽くなった体を健太の手の平の上でブルッとふるわせました。

「助かった」
ミツバチのミッチーはうれしそうに声を上げました。
もちろん健太にはミツバチの声は聞こえません。

「おーい、健太」
夕方になって、ミカン畑に父親の声が聞こえてきました。
学校を終えて、帰宅するとすぐに、
「ミカン山に行って来る」
と、家の裏で畑仕事をしていた両親に声をかけて出かけたきり、夕方になっても帰ってこなかったのを心配した父親が、ミカン山の見まわりついでに健太をさがしにきたのです。

「健太、どこにいる」
父親はあたりを見わたしながらしばらく耳をすませていました。
「困ったやつだ。そうだ、船着き場かも知れないな」

父親は明日、健太を連れて釣りに出かける約束をしていたことを思い出しました。
ミカン山から船着き場の方をながめると防波堤が少し見えます。夕日をあびた海面が光っています。

父親は坂道にとめていた軽トラックに乗り込むと、船着き場へ向かってゆっくりとくだりはじめました。
ミカン山はミツバチの巣から谷一つへだてた南向きの斜面に広がっています。

翌朝ミッチーは海から谷に向かって吹き込んでくる上昇気流にのって、下界を見わたしながら飛んでいました。
すると、港のところどころに、赤い点滅灯が光っているのが見えました。
昨日の朝には見かけたことのない光景です。
ミッチーはミカン山に向かっていた進路をいそいで港の方向に変えました。

不吉な予感

防波堤まで飛んできたミッチーは、そこに救急車やパトカーが何台も止まっているのを見ました。
忙しそうに人々が数隻の釣り船に乗り込むところです。

「健太!、がんばるんだよ。いま助けにいくからね」
人々の輪の中から、悲痛な女性の声が聞こえてきました。
「健太君のお母さんだ」
ミッチーは本能的にそう思いました。

防波堤の上から、心配そうに海をみている人々や、まさに船出しようとしている人々の様子から、健太君の身に何が起きているのか、ミッチーは察することができた。
「健太君は父親を待ちきれずに、一人で釣りに出かけたんだ」

昨夜の雨風もおさまって、すっかり穏やかになった海面が、朝日をあびて黄金色に光っています。
海面には大小さまざまな形をした島々が足を受けてうつくし光っています。

ミッチーは、海面の上空を健太君の姿をさがしながら飛びつづけました。
島かげを注意深く見わたしながら、海上のあちらこちらを飛びつづけていたミッチーの目に一瞬きらりと光るものが飛び込んできた。

銀色に輝く強烈な光りです。
ミッチーは反射的にその光りに引き寄せられました。
上空から急角度で降下していくにつれて光りの物体が、徐々に大きくなってきました。

その光りは小さな島の波打ち際から少し上がったところの岩場に打ち上げられている釣り船から出ていました。

さらに近づいてみると船底に張られた一枚の金属板が反射しているのでした。
船底には横たわった人影が見えます。

「健太君よ。きっとそうだわ」
ミッチーは夢中で岩場に座礁している釣り船に近づきました。

ミッチーは島々の間の海上を飛行しながら、
「早く健太君の居場所を知らせなくては」
と、先ほど港を出港した数隻の釣り船をさがしました。
羽がおれるのではないかというほど必死に飛びつづけて、ようやく捜索船の上に近づくことができました。

ミツバチの救助隊

休む間もなく船頭の鼻先まで近づいて、
「こっちだよ。こっちだよ」
と合図を送るようにくるくると旋回しました。
「目ざわりな、ハチだな」
ミッチーはたちまち船頭の左手で追い払われました。
「そうだ、仲間たちに応援をたのもう」

「そんな大切こと、どうしてもっと早く知らせないの」
巣に戻ってきたミッチーから話を聞いた女王バチは羽をふるわせながら声をあげました。
「さあ、みんな、いまから救助に向かうわよ。準備、急いで急いで」
女王バチの合図に、働きばちやオスばちなど数千匹のミツバチたちが、いっせいに羽をふるわせて、
「さあ、出発だ」
と、気勢をあげました。

「みんながもってきたローヤルゼリーを一つにして健太君の唇に運んで」
女王バチの大きな声の指令です。
やがて出来立てのやわらかなローヤルゼリーはみんなの力で健太君の唇の上に静かにおろされました。

ミツバチたちは羽をたたみ息をつめて健太君の様子を見つめました。
やわらかなローヤルゼリーが少しずつ溶けながら唇全体に広がっていきます。
「唇がうごいた」
「なめている」
「目があいたぞ」
ミツバチたちは大騒ぎです。

「もうここに残るのはミッチーだけでいい。さあみんな巣に帰ろう」
女王バチの声にミツバチの大群は再び一つの大きな黒いかたまりとなって、座礁した釣り船を後にしました。

ミッチーは仲間たちを見送るとくるりと釣り船の上を旋回して健太君の右手の指に舞いおりた。
すると、指先がびっくりしたようにぴくりと動きました。

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