思い出の新婚旅行のメッカ、堀切峠と日南海岸

堀切峠2
堀切峠2

堀切峠が南国宮崎の発祥地だった

堀切峠

Canon EOS 6D (24mm, f/2.8, 15 sec, ISO3200)

天の川を撮影したくて、堀切峠に行きました。星は瞬いているのですが、天の川は見えませんでした。

ここからは、視線を下に向けると、広々とした海が見わたせます。日向灘です。

位置関係で、堀切峠の看板と海をからめての撮影は無理です。

堀切峠

フェニックスドライブイン2

Canon EOS 6D (20mm, f/3.5, 10 sec, ISO1600)

日南海岸といえば、北の高千穂と並んで宮崎を代表する観光地です。宮崎市から南下して、日南海岸の入り口に当たるのが堀切峠です。

青島の町中を通り過ぎると、山麓のカーブの多い坂道が連続しています。

およそ2キロちかくの山麓の坂道をのぼっていくと、突現視界がパッとひらけます。

初めてここを訪れる人は、思わず「おっ」と、感動の声を上げます。

まさに堀切峠です。目の前には何もさえぎるものがなく、あおい海原が水平線までつづいています。

眼下を見下ろすと、鬼の洗濯板と呼ばれる波状岩に、白波が打ち寄せています。

新婚旅行ブームの言葉を誕生させた南国宮崎

堀切峠2

Canon EOS 6D (24mm, f/2.8, 10 sec, ISO1600)

1960年~1970年にかけて、宮崎は日本を代表する新婚旅行のメッカでした。

ちょうど高度経済成長の時代とかさなります。それまで首都圏からの新婚旅行といえば、熱海が定番でした。

高度経済成長によって収入も増え、結婚式や新婚旅行にかける費用にも、余裕が出来るようになりました。

海外旅行までは無理としても、日本国内で少しでも遠くに行きたい。

そんな若者たちの欲求を満たしてくれたのが、南国宮崎でした。

その背景には、メデアの力が大きかったのです。

現天皇陛下御夫婦が皇太子時代に宮崎を訪れたり、島津貴子様ご夫婦がやはり宮崎を訪れて、青島のヤシの木陰で撮られた写真が新聞や雑誌のグラビアに掲載されたりして、南国ムードを一気にもりあげました。

それを後押しするように、NHK朝の連続テレビ小説では、宮崎を舞台にした川端康成原作の「たまゆら」が放映されたのも、大きく影響しました。

宮崎を新婚旅行のメッカに押しあげたものは、ほかにもありました。

ちょうどその頃「にほんのうた」シリーズで宮崎を歌った「フェニックス ハネムーン」が、清潔なイメージでヒットしました。

大安吉日に挙式をあげた新婚さんは、首都圏からは特急「富士」関西圏からは「彗星」で、宮崎を目指しました。

大安吉日の次の日には、宮崎駅や、南宮崎駅、それに宮崎空港に新婚客目当てにタクシーが集中して、宮崎市内からタクシーが姿を消すという現象までおきました。

まさに観光宮崎の黄金時代でした。

そんな時代を取りあげたNHK地域発ドラマ「宮崎の二人」が、2016年に放送されました。

現在は新婚旅行に変わって、宮崎の観光は冬のスポーツキャンプが目玉になっています。

かっての繁栄は今いずこ

フェニックスドライブイン

Canon EOS 6D (24mm, f/2.8, 15 sec, ISO1600)

今、堀切峠は、旧道になってしまいました。

山沿いにトンネルが出来て、平坦な道路で一気に海岸線に出てしまいます。

以前のように、ながく曲がりくねった坂道を抜けると、堀切峠だった。というような感動は味わえなくなってしましました。

南国ハワイを連想させるフェニックス(ワシントニアパーム)の並木が幹線道路沿いに植えられているのが、宮崎のシンボルです。

県外からやって来た観光客は、市街地から青島にいたる、どこまでもつづく背の高い常緑樹に触れて、宮崎の空気に酔っていました。

そのワシントニアパームが更新時期を迎えて、今後60年~70年の年月をかけて、植えかえられるそうです。

「フェニックス ハネムーン」を歌ったジューク・エイセスも2017年12月末をもって解散することが発表されました。

時代は変わっても、星の流れは不滅です。日南海岸の夜空に瞬きつづける星々は、これからもあおい海原を照らしつづけます。

旧サボテン公園下の岩礁と天の川

天の川

天の川

広告

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする