「終活」と「就活」

孤独な老人
一人ベンチで休む老人

先週末、親の要件で電車で20分のところに住んでいるお爺ちゃん家(ち)に行ってきました。

私がまだ小学生の時にお婆ちゃんが亡くなっているので、今お爺ちゃんは一人暮らししています。

親の要件を伝え終えてしばらくの間、お互いの近状報告をしているうちに私の就活の話になりました。

スポンサーリンク

76歳になってなお”しゅうかつ”に励む私のお爺ちゃん

「”しゅうかつ”順調かい?」
「はい」
「オレもそろそろ”しゅうかつ”を考えなくちゃな」
「お爺ちゃんが!?」

お爺ちゃん、たしか太平洋戦争開戦の年に産まれたと聞いていたから、今年76歳じゃん。

その歳でまだ働くつもりかしら!。

お爺ちゃんの顔をまじっと見ながら沈黙していたら、お爺ちゃんの”しゅうかつ”とは自分の終活の事だったんだと、気がつきました。

どうやら、そろそろ最後の”しゅうかつ”に取りかかるらしい

人生の出発点の”就活”と終着駅の”終活”が、言葉で重なるなんて、不思議

就職氷河期もすこし遠のいて、わたしの”しゅうかつ”はだいじょうぶだけれど、

お爺ちゃんの”しゅうかつ”はあと少し残っているらしい。

お爺ちゃんの”しゅうかつ”って、どんなことをするのかしら?。

終活は人生の断捨離だ

お爺ちゃんは自分の終活を人生の断捨離だと話した。

「で。なにからはじめるの?‥‥‥‥」

お爺ちゃんは無言で部屋の中を、ぐるりと見わたしている。

「今更、捨てるものはほとんど残っていない」

お婆ちゃんが亡くなったあとに、一度家の大掃除をしたらしい。

その時、大方の家財道具も処分したとのこと。

そういえば、この部屋、訪ねてくる度に、なんだかスカスになって、空気の量が増えているみたい。




”マルビーのシャシリダン”だったお爺ちゃん

なにそれ??。

マルビーは貧乏人のこと。
お金持ちの人のことマルキンと呼んでいたよ。

お爺ちゃんの若いころに流行った言葉らしい。

”シャリダン”は??。

断捨離を反対に読んでごらん。

「シャリダンだっっっっw!」

こんな言葉も流行っていたんだ。

「シャリダンはオレが勝手に言っているだけ。お爺ちゃんの若いころに、そんなしゃれた言葉はなかった。」

若いころから貧乏で、身のまわりに捨てるようなものは、あんまりもっていなかったということらしい。 今更、断捨離したくても、いつも手ぶら状態だって。

目にはみえない断捨離に老人たちはしがみついている

多くの老人たちは働いていたころの、地位や名誉や威厳を今も大切に抱きしめて、手放そうとはしない。

過去の表彰状や感謝状。優勝カップだとかメダルを毎晩抱きしめて寝るような気持で、大切にしている。

心の中を”しゅうかつ”すれば今よりもっと安らかに過ごせる

お爺ちゃんは自分から”シャリダン”と宣言しているぐらいだから、あとのことは心配なさそう。

私の感じからして、お爺ちゃんがお金持ちとは思わないけど、日常の生活には困っていないようだし、今もお正月になればお年玉がもらえる。

人生のお掃除をすませたお爺ちゃんを見ていると気持ちいい

気がつけば、私の就活の話からお爺ちゃんの終活の話になっていた。

「身体。気をつけてね」

といって玄関に立ったらお爺ちゃんは無言で、福沢諭吉札二枚を差し出してくれた。

一応、「いらない」って、手で押しかえしたんだけど‥‥www ww。

65歳以上ではお爺ちゃん お婆ちゃんではないらしい

日本老年学会などが提言。

今までは65歳ぐらいになれば、遠慮なくお爺ちゃん、お婆ちゃんと呼んでいたのに、これからは呼ぶのがすこしはばかれるかも。

もうすぐお爺ちゃん、おばちゃんとでも呼ぼうか。

75歳~89歳までが高齢者 90歳以上が超高齢者

私は高齢者と呼ぶの好きでない。やっぱりお爺ちゃん、お婆ちゃんと呼んであげたほうが温もりを覚える。

まして、生きているお年寄りに”超”をつけて呼ぶなんて失礼よ。モノ扱いにされているようで。

おおお爺ちゃん。

おおお婆ちゃん。

これが一日も早く標準語になって欲しい。

こんな記事も書いています。
夫があの世へ旅立って ようやく私は「人形の家」のノラになった
自分が死んで家族を路頭に迷わせたくない 賢い生命保険

広告

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする